模索は仕事を楽しくする(前編)

株式会社カーフ

株式会社カーフ

ショップスタッフ(カーフまたはブラックボード目黒店) / インテリアデザイナー / カフェキッチンスタッフ(ブラックボードつくば店) / ヴィンテージ家具修復 

株式会社カーフ

株式会社カーフ

ショップスタッフ(カーフまたはブラックボード目黒店) / インテリアデザイナー / カフェキッチンスタッフ(ブラックボードつくば店) / ヴィンテージ家具修復 

1999年に東京都目黒区の通称「インテリア通り」にショップ兼オフィスをオープン以降、経年変化を感じられる素材をベースに、普遍性にトレンドを加えたデザインのオリジナル家具を中心に展開。茨城県つくば市にビンテージショップ「Blackboard」も構える株式会社karf(カーフ)は、現在、インテリアデザイナー、ショップスタッフ、カフェスタッフ(つくば店)、ヴィンテージ家具修復スタッフを募集しています。

ゲスト

  • 島田さん

    島田雄一さん

    株式会社カーフ
    代表取締役

  • 山本さん

    山本景介さん

    株式会社カーフ
    執行役員 営業統括マネージャー

  • 飯塚さん

    飯塚利夫さん

    株式会社カーフ
    マネージャー

  • 村松さん

    村松成彬さん

    株式会社カーフ
    インテリアアドバイザー

33年伝えてきた家具と暮らす空間

新井優佑

新井優佑

はじめまして、「こんにちワーカー」のライターをしている新井と申します。本日は格好良い話だけでなく、頑張っていることや模索していることを含めて、「会社柄」というか、会社にとっての人柄みたいなものを1〜2時間お聞きして、それを知ってもらったうえでkarfの求人案内に応募してもらえるような記事にしたいと思っています。手始めに、私を応募者だと思って、会社案内してもらえませんか?

島田雄一

島田雄一 さん

そうですね。karfは、オリジナル家具やビンテージの家具をそろえる、インテリアショップです。と言っても、道具屋に近い会社かもわからないですね。

新井優佑

新井優佑

道具屋っていうのは?

島田雄一

島田雄一 さん

まぁ、家具自体は生活の道具だと思っていますから、それを扱う道具商に近いかなぁと。それらが集まって、インテリアという空間は生まれているという考えなんですね。

新井優佑

新井優佑

なるほど、なるほど、もうちょっと詳しく聞きたいです。

島田雄一

島田雄一 さん

創業期はですね、僕が家具をつくりたくてスタートしているんですね。当然、つくったら売らなきゃいけないので、ひとつひとつの家具をクローズアップして紹介することと同時に、使い方のようなものを空間として見せていくことも必要としてきたわけです。創業は1985年なので、かれこれ35年近くになりますね。

新井優佑

新井優佑

すごいなぁ。2010年代こそ、ものが売れない時代にライフスタイルの提案が必要だと知られていますが、33年も前に、「つくるから売る」「売るために使い方を示す」という仕事をはじめたんですね。

島田雄一

島田雄一 さん

家具っていうと、どうしても海外のほうが進んでいますからね。アメリカやヨーロッパを訪ねてみると、家具はあくまでもインテリアや建築とリンクしながら育ってきているものなんだなということがわかってきたんです。日本はバブルで何も残せなかったとよく言われていますけど、イギリスのヴィクトリア女王の時代って、あらゆるものが丁寧につくられていて、古いお家もリノベーションして使っていくようなロングライフなものが残っているんですよ。そういうことに触発されたんでしょうね。

新井優佑

新井優佑

少しお話ししていただくだけで、知識の豊富さを感じました。ちなみに33年前はおいくつでしたか?




島田雄一

島田雄一 さん

25歳ぐらいですかね、家具にたずさわりはじめた頃です。

新井優佑

新井優佑

僕は今35歳なんですけど、10個下にスケートボードが好きな男の子がいて、彼はスケートボードショップの店主からスケートボードカルチャーの話を聞くのが好きなんですね。そんな話ができる店主のことを格好良いと憧れていて、彼も詳しくなりたいようなんですが、どうやって勉強していいかわからないらしいんです。友達同士で話していても、検索すればいいじゃんという話になってしまうようで。島田さんはどうやって勉強しましたか?

島田雄一

島田雄一 さん

雑誌の情報だったり、人伝に紹介されて会いに行ったりしていたんじゃないですかね。でも、何かこうもっと明確に幼い頃からテーマがあれば、選んだ学校もね、経済学部には行かなかったでしょうね(笑)

新井優佑

新井優佑

それがなぜ、25歳でkarfをはじめることに?

島田雄一

島田雄一 さん

僕らの時代って、『POPEYE』という雑誌が創刊されたり、新しい時代の幕開けと言いますかね。カルフォルニアのカルチャーだったりが紹介されはじめていた頃なんです。それで、父が国鉄に、JRですね、勤務していて、まぁ特に何もやりたいことはなかったので、「だったら、入ったら」と入りましたけど、半年で辞めました。その時に何かこう自分の向き合うべき仕事ってないかなって考えはじめて、強いて言えばものが好きだなと。じゃあものを扱う会社さんに入ろうっていうことで、生活雑貨の問屋さんに入社したんですね。23歳ぐらいの時ですか。
2年ほど、流通やメーカーさんから紹介いただく商品を小売店さんに販売したりっていう一連の仕事をやりました。それで楽しかったんですけど、キャラクターグッズなんかだと、キャラクターの鮮度が高いうちは重宝がって売ってくれても、鮮度が落ちて売上が止まれば、「何か新しいキャラクターを入れてよ」みたいな感じになって、何て言うんでしょうかね、消費のライフサイクルが早いので、もう少しじっくり向き合えるものって何だろうって考えた時に、やはりインテリア関係のものって1度買えば長く使えますから、割と好んでお客様に紹介していったんですね。
それで、メーカーの方にきていただいて、開発秘話みたいなものを聞かせていただくと、すごい面白いなぁと。何か背景みたいなものに興味を持ちはじめて、知り合いを伝って、家具工房を訪ね歩くようなことをしはじめたんですね。

新井優佑

新井優佑

自主的に訪ね歩いたんですか。

島田雄一

島田雄一 さん

国鉄は半年で辞めて、問屋さんは2年で辞めて、よくテレビに出てくるじゃないですか、定職のない人が犯したニュースって。僕もそうなっちゃうんじゃないかと、必死でしたよね。何かかじりつくものを見つけ出したくて。
今となっては、特に業界内の方々から、「karfさん、長いよね」って言ってもらえますけど、それと自己評価はまだまだ合っていないんですね。謙遜でも何でもなくって、歴史に見合った何かはまだまだ不十分だなと強く思います。